お袋さん

お米を食べ終えても、紙袋はまだ持ち歩ける。

家族から届いたお米を食べ終えるたび、りんごじょうさんは空の袋を畳んで送り返していました。また使ってもらえると思っていたのです。けれど、実際には捨てられていたと知ります。ちょうど手作りの人形や小物を入れる軽いバッグが必要だったことから、米袋を折り、貼り、縫ってトートバッグに仕立てました。

作品を入れて市に持っていくと、そのバッグに目を留めた人から、購入できるか尋ねられました。自分で使うための道具だった「お袋さん」は、こうして作り続ける作品になりました。

大きな赤い「土佐米」の文字が印刷された、平らに広げたクラフト紙の米袋と、その横に置かれた『米袋バッグのつくり方』
米袋と『米袋バッグのつくり方』|写真提供:りんごじょうさん

紙袋を開き、バッグへ縫い直す

最初に使った米袋は、三層のクラフト紙でできた、お米の運搬や積み重ねに使われるものでした。日々持ち歩くバッグにするため、りんごじょうさんは底や口、持ち手を作り直します。販売する作品は、主に家庭用ミシンと、ジーンズにも使われる太い縫い糸で仕立てています。

底の四隅と持ち手の付け根は、内側からクラフト紙のテープで補強。内ポケットも付いています。

紙の表面には、米店の印刷や折り目、擦れた跡が残ることもあります。袋の出どころによって、もとの文字や絵がバッグのどこに現れるかも変わります。同じ型でも、まったく同じ姿になるとは限りません。

紺と白のチェックのシャツを着たりんごじょうさんが、両手でクラフト紙の袋を支えながらミシンで縫っている
家庭用ミシンで米袋バッグを縫うりんごじょうさん|写真提供:りんごじょうさん

もとの文字が、バッグの表情になる

赤い「土佐米」の文字、米店のロゴ、牛や豚の絵柄。いずれも、もとの紙袋に印刷されていたものです。中身を示すための文字や絵が、バッグになったあとには、選ぶときに目を留めるポイントにもなっています。

いま使われている紙袋には、いくつかの出どころがあります。無地ともとの印刷を生かしたタイプには、回収した米袋を使用。赤土佐タイプには、高知の「米家」の新しい米袋を使っています。「優良家畜」と「紫の牛 × オレンジの豚」の二つは、在庫の余剰紙袋である「ロス袋」を使用しています。作家の商品説明によると、材料の紙袋は未使用ですが、印刷のずれや部分的なかすれなどがある場合があります。

オレンジ色の豚や牛、乳牛の絵柄と二組の紙製の持ち手があるクラフト紙のトートバッグ。白い背景の前に置かれている
もとの紙袋の動物柄を生かした「ロス袋」シリーズ|写真提供:りんごじょうさん

回収した米袋に柿渋を三度塗ったタイプもあります。紙に塗り、乾かす工程を、合わせて三回。仕上がりの茶色は、時間や温度、紫外線の影響で少しずつ深まります。もとの文字や絵は、バッグの内側に残っています。

家で覚えたことを、誰かの手にも

りんごじょうさんは、母が家族の服を縫う姿を幼いころから見て育ち、のちには自分の子どもたちの服も作るようになりました。創作を再開したとき、娘の「りん」は五歳、息子の「じょう」は三歳。二人の名前と年齢をつなぎ、ひとまず付けた「りんごじょうさん」という作家名を、いまも使い続けています。

「お袋さん」という作品名も、家族につながっています。「袋」と、母を呼ぶ「お袋」を重ねた名前です。米袋を扱う姿を見た友人の「お袋さんも、喜んでくれてるでー。」という言葉に、亡くなった母を思い出しました。そのひと言が、のちに作品名の由来となります。

息子が小学生のころ、バッグを作る様子を見て、自分もやってみたいと言いました。そこで、ミシンを使わない方法を考えました。白い接着剤で貼り、ホチキスで留めて針を平らにたたき、袋の口を折り返して、針を紙の層のなかに隠します。

この方法は、のちにワークショップや作り方の冊子を通じて伝えられるようになりました。自分の作品を縫い続けながら、縫いものの経験がない人も、手元の米袋でバッグを作れる方法を共有しています。

日々の風景

花を挿した無地の米袋バッグを抱え、写真に写る人
穿黑色毛衣與格紋長裙、手提三刷柿澀米袋包的人