top of page
  • Instagram
  • Facebook
  • Threads
  • Twitter

日常のそばに置く防災という考え方日本の工芸がフェーズフリーを暮らしに取り入れるとき|TOKOWAKA 常若

  • 4月8日
  • 読了時間: 5分

更新日:5月2日



購入したときは真剣だったのに、その後ほとんど思い出されなくなるものがあります。防災バッグも、そのひとつです。懐中電灯や水、非常食、救急用品を一つずつ詰め、ファスナーを閉じて棚の奥へ。いざ必要になったとき、先に思い浮かぶのは役に立つかどうかではなく、どこにしまったかということ。台湾ではこうした経験に覚えのある人も少なくありません。中央気象署の資料でも、台湾は西部・東部・東北部の三つの地震帯に分かれる地震多発地域とされています。日本もまた、長く地震と向き合ってきた国です。どちらの場所においても、防災は抽象的な備えではなく、暮らしのなかで繰り返し現れる現実といえます。


こうした背景のなかで、日本では近年「フェーズフリー(Phase Free)」という言葉が広がっています。一般社団法人フェーズフリー協会は、日常でも使え、非常時にも同じように役立つように身のまわりの製品やサービスを設計する考え方と説明しています。平常と災害時を切り分けるのではなく、そのあいだを緩やかにつなぐ発想。災害が起きたときにだけ取り出す準備ではなく、準備そのものを日常に残しておくという考え方です。


この考え方が印象に残るのは、とても現実的だからかもしれません。本当に役立つ備えは、買ってしまっておくものではなく、普段から触れ、使い続けられるものだからです。そのため、日本で近年目にする防災の道具は、一見すると防災用品らしくありません。アクセサリーのようであったり、器のようであったり、あるいは床に敷かれる畳のようであったり。工芸がここで改めて意味を持つのは、古いからではなく、もともと日常に近い存在だからです。


黑色背景上有兩個鑰匙扣,一個是黑白條紋的字母M,另一個是黃色紋理的貓。整體設計簡約且可愛。
左:effe alphabet 右:effe pensiero |写真/常若撮影



心臓にいちばん近い場所にあるホイッスル



この考え方を象徴する例として、福井県鯖江市の救助笛 effe(エッフェ)が挙げられます。鯖江は日本の眼鏡産業を代表する産地として知られ、国内の眼鏡フレームの多くがここで生産されています。effe を手がけるのは、鯖江の眼鏡工房であるプラスジャック株式会社。単に見た目のよい防災用品をつくるのではなく、眼鏡づくりで培われた素材の扱い、切削、研磨、装着感への配慮を、小さなホイッスルへと落とし込んでいます。


effe のサイトには「『いつも』と『もしも』がひとつになった、お守りホイッスル。」という言葉が記されています。日常と万一を切り分けず、同じ場所に置いておくという考え方です。開発のきっかけは、鯖江市防災課からの問いだったといいます。配布されたホイッスルがバッグの奥にしまわれてしまうのなら、アクセサリーのように日常的に身につけられるものにできないか。そうして、災害時に探す道具ではなく、まず日常に残るホイッスルが生まれました。


ここでいう「もしも」は、地震だけを指すわけではありません。夜道を歩くときの防犯として、あるいは通学途中の子どもが助けを求めるための合図として。バッグの底にしまうのではなく、胸元や手元に残る位置にあることが、そのまま備えになります。effe は、日常の距離感のまま安全を持ち歩くための道具といえます。


素材には眼鏡フレームでも使われるセルロースアセテートを採用。植物由来の繊維を含み、研磨によってアクセサリーのような光沢と層が生まれます。同時に機能面も重視され、音域は人が認識しやすい帯域に集中し、音量は 85dB 以上。女性や子ども、高齢者でも無理なく吹ける設計になっています。重視されているのは、見た目の美しさだけではなく、必要になる前に忘れられないこと。日常のなかに残り続けるための設計です。


effe candy はキャンディのような配色、effe bottle prism はガラスのようなカット、effe alphabet はアルファベットの中に構造を収めたデザイン。それぞれ機能を隠すのではなく、身につけたくなる形に整えられています。必要になったとき、心臓にいちばん近い場所にあるものが、そのまま助けになります。


兩個鑰匙鏈,左邊是黑白條紋“M”字母,右邊是黑色貓形設計,背景為白色。貓上有“effe”字樣。
精巧な構造から、それぞれ異なる発音通路が確認できる |写真/常若撮影



器の強さは、日常のなかにある



フェーズフリーの考え方は、携帯する道具に限りません。日々使っている器や、足元の床材にも同じ視点が見えてきます。非常時を支えるものは、必ずしも防災用品の姿をしている必要はありません。普段より少し丈夫で、扱いやすく、混乱のなかでも生活が崩れにくいこと。それだけでも十分な備えになります。


会津の三義漆器店は、塗りの器を現代の暮らしに合わせて展開してきました。食洗機対応、電子レンジ対応、軽量で耐久性があり、手入れもしやすい設計。さらに東日本大震災後には、撥水性や汚れにくさを高めた器も開発されています。日常では使いやすい器として、非常時には水が少ない環境でも扱いやすい器として機能する。普段の使いやすさが、そのまま備えになります。


もうひとつの例は畳です。伊藤園の茶殻リサイクルシステムから生まれた「さらり畳」は、茶殻を再利用した畳床を採用し、消臭性を備えています。資源の再利用という側面だけでなく、日常では快適な床材として、非常時には清潔さを保ちやすい素材として機能します。


さらに、たたみのこうひんの防災畳は、避難所での生活を想定した製品です。冷たく硬い床の上でも体を休めることができるよう設計されています。派手な機能ではありませんが、避難生活の数日間を支えるために欠かせない要素です。



「いつも」が「もしも」を受け止める


これらの道具は、日常と非常時のあいだを静かにつないでいます。美しさと機能、好きと必要、平常と災害。そのどれもを切り離さずに成り立つ形です。effe はアクセサリーとして身につけられ、三義漆器店の器は日常の食卓に残り、畳は体を受け止める床として存在します。共通しているのは、普段から使われているという点です。


工芸はここで、懐かしさの象徴ではなく、現在の暮らしに応える道具として位置づけられます。突然の出来事のとき、そばにあるものが支えになるかどうか。フェーズフリーの魅力は、その問いに静かに答える点にあります。「いつも」が、ある瞬間「もしも」を受け止める。備えは、日常の延長にあります。



参考資料



コメント


常若 TOKOWAKA  
最も古く、最も新しい。
日本のデザインと職人の工芸を、暮らしのそばに。

  • Instagram
  • Facebook
  • Threads
  • Twitter
© 2026 TOKOWAKA All rights reserved.
bottom of page