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布に差す光、人形に宿る静けさ。由陣が紡ぐ、百年の工芸のスペクトラムへ|TOKOWAKA 常若

  • 4月22日
  • 読了時間: 8分

更新日:5月2日

由陣 YUJINART と BEAMS JAPAN がコラボレーションした「木目込み人形 だるま」。日本の伝統工芸である西陣織を現代のライフスタイルに融合。
由陣 YUJINART と BEAMS JAPAN が手がけた「木目込み人形 だるま」|写真提供/由陣


布の上に光が落ちると、先に目に入るのは金糸だ。そのあとで、文様の奥に沈んでいた色がゆっくり浮かび上がってくる。プリントでは出せない表情があり、写真でもすぐには捉えきれない。少し近づいて、見る位置を変えたとき、ようやくわかる。あの布は、見るたびに見え方が変わっている。


由陣 YUJINART が大切にしているのは、そんなふうに布を見る時間だろう。人が何かを説明する前に、素材のほうから気配が立ちのぼってくる。その感覚が、作品の根にある。

多くの人にとって、日本の伝統工芸は少し距離のある存在でもある。美しいものとして眺められ、丁寧に扱われることはあっても、いまの暮らしのなかへ自然に入ってくる機会は案外少ない。部屋のなかに置かれ、手元で使われ、日々の景色に馴染んでいくところまでは、なかなか届かない。


由陣がおもしろいのは、その距離をそのままにしないところだ。百年近く続く家族のブランドとして、京都の西陣織と、江戸時代から伝わる木目込み人形を受け継いできた。その技術を古いまま閉じ込めず、室内空間へ、衣服へ、いまの感覚へとつなぎ直している。



浅草橋から始まった、百年つづく家族の手仕事



物語の始まりは、1927年の東京・浅草橋にある。


「百華」を立ち上げたのは、亀田キヌ。創業当初に手がけていたのは木目込み人形だった。大量生産の流れが暮らしに広がっていった時代、手仕事は効率の陰に追いやられやすかったはずだ。そんななかで亀田キヌは、完成品を売ることだけに軸足を置かなかった。工房のあり方を、材料と教室へと少しずつ広げていったのである。人形づくりのキットを用意し、自分の手で作品を仕上げられる人を増やしていった。


顔、胴体、布地。それぞれに職人の工程があり、材料には京都の上質な西陣織や友禅織も使われていた。その後、百華は全国に50の教室を展開する。技術は一部の担い手だけのものにならず、さまざまな人の机の上で受け継がれていった。


いま家業を継いでいるのは、四代目の羽鳥由有。亀田キヌの曾孫にあたり、日本女子大学で服飾史と繊維学を学んだ。そうした背景もあってか、彼女の視線は継承だけにとどまらない。布が空間のなかでどう息づくか。現代の美意識とどう寄り添えるか。素材を見つめる眼差しの先に、その感覚がある。


1927年に東京・浅草橋で創業した「百華」。由陣 YUJINART の前身であり、木目込み人形の材料と教室を展開。
1927年、東京・浅草橋に創業した「百華」|写真提供/由陣


由陣 YUJINART 創業家にして四代目、羽鳥由有
由陣 YUJINART 創業家にして四代目、羽鳥由有|写真提供/由陣


由陣が受け継いだのは、布とともに積み重なってきた時間でもあった



羽鳥由有が家業から引き継いだのは、ブランド名や技法だけではない。1927年から少しずつ蓄積されてきた、西陣織のアンティーク生地もそのひとつだ。それらは資料として保管されたものというより、実際に開き、広げ、手で触れることのできる時間に近い。


西陣織の魅力は、「華やか」という言葉だけでは足りない。そもそもの成り立ちがきわめて緻密だ。糸を先に染め、複雑な文様に合わせて経糸と緯糸を設計し、その交差によって平らな布の上に奥行きを生み出していく。浮き彫りを思わせるような深さが、織りのなかにあらわれる。


かつては王族や貴族の装いに用いられ、武将の鎧や帯、装身具にも使われてきた。見た目の美しさと、使うための強さ。その両方を備えた布だったのである。あの独特の艶や厚みを織り出すため、金箔や銀糸が使われることもある。わずか10メートルを織るのに、数週間、場合によってはそれ以上かかることも珍しくない。


由陣が大切に残してきた古布には、年月のなかで育った光がある。静かなのに、密度がある。いま同じものをつくろうとしても、簡単には届かない気配がそこにある。


由陣 YUJINART が大切に受け継いできたアンティークの西陣織生地。独特の光沢と重厚な織り模様が美しい。
由陣が所蔵する、西陣織のアンティーク生地|写真提供/由陣


木目込み人形の繊細さは、仕上がりの奥にある工程から生まれる



そうした布が使われることで、由陣の木目込み人形には独特の重みが備わる。


木目込み人形の起源は、京都の上賀茂神社にあるとされる。木地に細い溝を彫り、その溝へ布を押し込んでいくことで、衣装であると同時に造形そのものをつくっていく技法だ。実際の工程は、想像以上に細かい。まず桐の木粉を用いた胴体をつくり、胡粉を何層にも重ねて表面を整える。布が一本ずつ溝に収まっていくのは、その先の仕事になる。


手元は安定していなければならず、目も正確でなければならない。どの布をどこに置くか、その見極めも欠かせない。衣のひだの返り、頬の丸み、髪の輪郭。どこを取っても、急いで済ませられる工程ではない。



由陣 YUJINART と BEAMS JAPAN のコラボレーションで誕生した人気の「木目込み人形 まねき猫」。
由陣 YUJINART と BEAMS JAPAN による「木目込み人形 まねき猫」は、高い人気を集めた|写真提供/由陣

一体が仕上がるたび、材料をめぐる現実も浮かび上がる



由陣が受け継いでいる木型や型紙には、もうひとつの工芸の流れがつながっている。そこにあるのは、故・長谷部次郎が遺した型と技術の蓄積だ。由陣は現在も、昔ながらの材料を使いながら制作を続けている。


けれど、その正統な材料を安定して供給できる職人は年々減っている。手に入る量にも限りがある。一作ごとに、そうした事情が作品の輪郭に重なってくる。貴重だと言葉で言う以前に、実際につくれる数が限られている。手を動かすたび、使える材料は確かに減っていく。



木目込み人形の制作に欠かせない、桐の木粉を用いた胴体や型などの貴重な材料。
木目込み人形を支える、貴重な部材の数々 |写真提供/由陣


羽鳥由有が探しているのは、工芸がこれから置かれていく場所



羽鳥由有は、こうした条件を前にして、昔の形をそのまま守ることだけを目指しているわけではない。彼女が見ているのは、もう少し先のことだ。伝統がこの先も生きていくには、丁寧に保存されるだけでは足りない。いまの暮らしのなかで、あらためて居場所を見つけていく必要がある。


近年の由陣の取り組みを見ると、その方向はよく伝わってくる。木目込みの技法を、節句人形のためだけのものとして扱わず、立体を組み立てるための考え方としてとらえ直しているのだ。布と布のつながり方、光の留まり方、人物の形を離れたあとの輪郭。人形のなかに息づいていた技術が、現代の空間へ向かう表現へと移っていく。


その結果、作品はひな祭りや端午の節句のためだけに置かれるものではなくなった。玄関やリビング、書斎の片隅で静かに佇むことができる。部屋のなかで、いちばんゆっくり目に入ってくるものとして。



西陣織が着物を離れると、ソファや壁、部屋に差す光のなかへ入っていく



その変化がよく表れているのが、由陣の「置くアート」シリーズだ。


着物のための布だった西陣織は、クッションや壁面作品、インテリアテキスタイルへと姿を変えていく。空間の光を受け止める面として働くこともある。おもしろいのは、その素材が空間を埋め尽くさなくても、しっかり存在感を持つことだ。むしろモダンやミニマル、ホテルライクなインテリアのなかでこそ、布の重みや光の表情が際立って見える。


部屋に静けさが生まれる。それでいて、空疎にはならない。遠い時間のなかで積み重ねられてきた手の仕事が、そのまま折りたたまれて現代の一室に置かれているようでもある。


日本のアーティスト谷敷謙(Ken Yashiki)が、由陣の西陣織生地と伝統的な木目込み技法を融合させて制作した現代的な壁画アート作品。
日本のアーティスト、谷敷謙(Ken Yashiki)が、由陣の西陣織生地と木目込みの技法を用いて制作した壁画作品
|写真提供/由陣



着物を離れ、現代のライフスタイルに溶け込む西陣織のインテリアテキスタイル。
西陣織が日常へ入ることで、視覚にも触覚にも新しい感覚が生まれる|写真提供/由陣


工芸はランウェイにも立ち、より開かれた視覚の場へ向かう



由陣の視線は室内だけに向いているわけではない。ここ数年は異なる分野との協業を重ねながら、工芸をより開かれた視覚の現場へ運び出している。


BEAMS JAPAN とのコラボレーションでは、西陣織が現代的でストリートに近い輪郭の装いへと入っていった。Jägermeister と組んだ MA-1 フライトジャケットでは、ドイツのリキュールブランドが持つ強い記号性と、日本の織物ならではの繊細な光沢が同じ一着のなかでぶつかり合う。


さらに、Dress Camp 2015年春夏パリ・ファッションウィーク、桂由美 2016年パリ・オートクチュールコレクションでも、これらの布は大きな舞台へ進んだ。アーティストの澤田知子との協業では、同じ素材が服や装飾の領域を離れ、別の表現へ向かっていく様子もうかがえる。



Jägermeister(イエーガーマイスター)とコラボしたMA-1フライトジャケット。西陣織とストリートファッションが融合。
Jägermeister 日本と由陣が手がけた限定 MA-1 フライトジャケット。伝統工芸とストリートカルチャーが交差する一着|写真提供/由陣


日本を訪れるなら、由陣の工芸にふれる時間を



もし日本を訪れる機会があれば、由陣では木目込み人形づくりを体験できる機会も設けている。手を動かしながら少しずつ形にしていく時間は、作品を見るだけではわからない工芸の奥行きにふれるきっかけにもなる。


岩槻は「人形のまち」として知られ、人形制作体験の前に歴史を知るための人形博物館や西陣織のショールームにも足を運べる。浅草では、浅草寺から歩いてすぐの西参道商店街にある歴史ある空間で、刀や兜などの工芸にふれることもできる。立ち寄って終わるだけではない、伝統を知り、実際に体験する時間がここにはある。


開講時期や会場などの詳細は、由陣の公式サイトやInstagramで確認したい。



西陣織は、OOTD装いの小物としても新鮮に映る|映像提供/由陣




工芸が暮らしに入ってくるのは、展示ケースを離れたその先で



工芸は、展示ケースの中に閉じ込められたものではなく、私たちの生活の中で直接触れることができるものです。


由陣を通して感じるのは、その素朴で温かい感覚です。


午後の光が当たると、一枚の布は徐々に色を変え、見る人を引き込みます。思わず手に取りたくなるその美しさは、京都から受け継がれた織りの文様や、江戸の伝統技術による人形の形に込められています。これらの工芸品は、時を超えて私たちの新しい空間に自然と馴染んでいます。


特別な知識がなくても、工芸に近づくことは可能です。初めて触れる瞬間、まずは光を感じることで、その魅力を見つけることができるでしょう。


西陣織とネオンを組み合わせた、現代的で斬新なインスタレーションアート。
西陣織によるネオンのインスタレーション|写真提供/由陣



参考資料

コメント


常若 TOKOWAKA  
最も古く、最も新しい。
日本のデザインと職人の工芸を、暮らしのそばに。

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