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一つのファンデーションは、鉱山から始まる。東栄町のセリサイトを、肌の上のほのかな光へ ─ motoというメイクアップ|TOKOWAKA 常若

  • 5月5日
  • 読了時間: 10分

更新日:5月8日

愛知県東栄町産セリサイトを使用したmotoのミネラルリッチパウダーとファンデーション
motoの代表的な2品:ミネラルリッチパウダーとミネラルリッチファンデーション写真提供:moto

ベースメイクの始まりは、百貨店の化粧品売り場だけにあるわけではない。


たとえば、山の中。ひとつの鉱脈から掘り出され、何度もふるいにかけられ、精製された白い粉。指先に少し取って肌へ伸ばすと、きめ細かく、すべるようになじみ、光を含んだような感触が残る。


日本の天然ミネラルコスメブランド「moto」は、愛知県北東部の山あいにある町、東栄町で生まれた。人口は約2,600人。少子高齢化と過疎化が進む一方で、この町には、日本国内でも極めて貴重な化粧品用原料「セリサイト(Sericite )」がある。


セリサイトと聞くと、少し遠い鉱物の名前のように感じる。けれど、実は私たちの毎日のメイクに近いところにあるものだ。ファンデーションやフェイスパウダー、アイシャドウのきめ細かな粉質や、やわらかな光沢。その土台には、こうした天然鉱物が使われていることがある。


東栄町産のセリサイトは、きめ細かく、なめらかで、絹のような光沢を持つ。日本国内だけでなく、海外の化粧品にも使われてきた原料だ。


motoが向き合ったのは、成分表示の奥に小さく記されていたこの素材を、もう一度、その土地のものとして見つめ直すことだった。



愛知県東栄町にあるセリサイト採掘鉱山
愛知県東部・東三河地域の北部に位置する東栄町。町内には、セリサイトを採掘する鉱山がある写真提供:moto


「moto」。素から始まるメイクアップ


「moto」という名前は、日本語の「素」に由来している。


飾りすぎないこと。ものごとのはじまり。根本にあるもの。


その言葉をブランド名に置いたのは、クリーンな印象をまとわせるためではない。毎日肌にのせるものは、どこから来ているのか。誰の手を通っているのか。土地や環境、使う人とのあいだに、無理のない関係を結べているのか。


ブランドは、自分たちの考えをこう表している。


物事の本質や成り立ちに意識を向けて、人と環境に正直なモノづくり。

言葉だけを取り出すと、少し大きな理念にも見える。けれどmotoの場合、その始まりはずっと具体的だ。ひとつの鉱山。過疎化が進む山あいの町。そして、化粧品選びにずっと慎重でいなければならなかった一人の女性。



motoの原料と肌への思いを表すイメージ
原料から、肌へ。motoは、素材の出どころに向き合うことから始まった写真提供:moto

大岡千紘さん。祭り、地域おこし、そしてファンデーションへ


motoを立ち上げたのは、株式会社もと代表取締役の大岡千紘さん。


1991年、和歌山県和歌山市生まれ。学生時代は勉強が得意なほうではなかったという。進学した京都造形芸術大学、現在の京都芸術大学では、立体造形と彫刻を学んだ。


大学1年のとき、社会と関わるアートプロジェクトに参加しようとしたものの、面接の時間を逃してしまう。そこで偶然参加することになったのが、島根県で伝統芸能「石見神楽」を学ぶプロジェクトだった。


それから4年間、大岡さんは島根へ通い、神楽の公演に関わった。祭りは賑わっている。けれど町を歩けば、若い人は少なくなり、店も減っている。受け継がれてきたものがあるのに、この先、誰がそれを担っていくのかが見えにくい。


卒業前には、夜行バスとレンタサイクルで、日本各地の祭りを約60か所めぐった。自分が本当に関わりたい場所を探していたのだという。


そして大学4年の12月、愛知県東栄町へたどり着く。目的は、日本三大神楽のひとつともいわれる「花祭」を見ることだった。


彼女を引き止めたのは、祭りの迫力だけではなかった。大きな荷物を背負って一人でやってきた若い女性を、地元の人が家に招き入れ、おでんを出し、こたつで休ませてくれた。気負いのない、まっすぐなあたたかさ。その記憶もまた、のちに東栄町へ移り住む理由のひとつになった。


2013年、22歳の大岡さんは「Iターン」で東栄町に移住し、「地域おこし協力隊」として活動を始める。


最初に任されたのは、山菜を使った地域振興だった。住民と一緒に畑を開き、栽培を始める。けれど山菜は、植えてから収穫までにおよそ3年かかる。協力隊の任期も3年。つまり、任期を終える頃になっても、成果を見届けられないかもしれなかった。


大学を出たばかりで、社会経験もまだ少ない。自分に何ができるのか、わからなくなる時期もあった。


転機は、東栄町で高品質なセリサイトを採掘している三信鉱工株式会社の社長からの声がけだった。町にあるこの貴重な鉱物資源を、もっと多くの人に東栄町を知ってもらう入口にできないか。


その話は、大岡さん自身の肌の経験にもつながっていた。彼女は肌が弱く、市販の化粧品で肌荒れを起こすことも多かった。ベースメイクを買うことは、いつも少し賭けのようだったという。


東栄町の天然鉱物を使えば、原料の出どころが見えるファンデーションを作れるかもしれない。そう聞いたとき、大岡さんはその提案を受けることにした。


町の鉱物と、自分の肌の記憶。ふたつは、ここで重なった。


株式会社もと代表取締役でありnaori創設者の大岡千紘さん
株式会社もと 代表取締役/「naori なおり®」ファウンダー(創設者) 写真提供:moto

naori。鉱山に入り、自分のファンデーションをつくる


motoが生まれる前、東栄町にはすでに特別な体験事業があった。手作りコスメ体験「naori なおり®」である。


これは、単なる手作り教室ではない。観光ツアーとも少し違う。参加者は山の中の採掘鉱山へ入り、化粧品原料がどこから来るのかを知る。そして、そこで採掘されたセリサイトを使って、自分だけのファンデーションを手作りする。


「naori」という名前は、鉱山用語の「直り」から来ている。鉱脈の中でも、特に品位の高い部分を指す言葉で、鉱脈が交差する場所や、傾斜が変わるところなどに現れることが多い。


この言葉を体験の名前にしたことには、どこか自然なつながりがある。東栄町を訪れた人が、鉱山と、粉体と、肌と、町の人に出会う。ファンデーションは、ただメイクの手順に加わるものではなく、素材の源流へ戻っていくための小さな道筋になる。


のちに東栄町の登録商標となったこの「ビューティーツーリズム®」は、多くの人を東栄町へ呼び込み、山あいの町を「美のまち」という角度から知るきっかけにもなった。


naoriのセリサイト採掘鉱山探検で見学できる鉱山内部
naoriのセリサイト採掘鉱山探検では、実際に稼働している鉱山の中へ入り、採掘現場を間近に見ることができる 写真提供:naori


体験が止まったあと、motoが生まれた


2020年以降、感染症の影響でnaoriの体験事業は休業や人数制限を余儀なくされた。鉱山へ入り、手を動かして初めて伝わっていたことが、突然、人の前へ届けにくくなった。


人が東栄町へ来られないなら、商品を先に届けることはできないだろうか。


その問いが、motoの化粧品へつながっていく。


2021年、大岡さんは「株式会社もと」を設立。東栄町産のセリサイトを、日常的に使えるメイクアップアイテムにする取り組みを始めた。


開発は簡単ではなかった。一般的な化粧品では、ミネラル粉体は配合の一部として使われることが多い。けれどmotoが目指したのは、東栄町産セリサイトの配合率を高め、この素材そのものをベースメイクの中心に置くことだった。


ファンデーションのセリサイト配合率は60%以上。フェイスパウダーは80%以上。これだけ高い割合でミネラル粉体を入れながら、均一にまとまり、なめらかに肌へ広がり、乾燥しにくい使用感に仕上げる。原料を多く入れればいい、という話ではない。


チームは約2年半、試作を重ねた。そうして完成したのが、「もと ミネラルリッチファンデーション」と「もと ミネラルリッチパウダー」だ。


ひとつのファンデーションの背後に、鉱山がある。地域おこしがある。肌が弱い人の、「安心して使えるものがほしい」という実感がある。



なぜ、東栄町のセリサイトなのか


セリサイトは天然鉱物であり、ベースメイクに使われる代表的なマイカのひとつ。きめ細かな粉質と、絹のような光沢をもたらし、肌に自然に密着する仕上がりを助けてくれる。


日本国内で化粧品用のセリサイトが産出されるのは、愛知県東栄町だけだという。三信鉱工株式会社によって採掘・精製される東栄町産セリサイトは、品質が安定しており、日本国内外の化粧品に使われている。


motoが特徴的なのは、セリサイトを成分のひとつとして小さく扱うのではなく、産地、配合率、肌にのせたときの感触まで含めて、製品の中心に置いているところにある。


高配合のセリサイトがつくる仕上がりは、強いカバー力でも、目立つパール感でもない。ふんわりとしたソフトマットの中に、細かな光が残るような透明感。粉が肌の上をすべるとき、絹に触れたときに近いなめらかさがある。


毛穴や色むらをやわらかく整えながら、肌そのものの質感は残す。顔を別の顔に変えるためのメイクではなく、もとの肌が少し落ち着いて見えるような仕上がりだ。


愛知県東栄町で産出される化粧品用セリサイト
日本国内で化粧品用のセリサイトが産出されるのは、愛知県北東部に位置する東栄町だけだという 写真提供:moto


高純度で白色度の高い東栄町産セリサイト
東栄町産のセリサイトは不純物が少なく、重金属も少ない。高い白色度を持つため、くすみにくいのも特徴。高純度と高白色度を兼ね備えたセリサイトは、世界的にも珍しいとされている 写真提供:moto


配合のもうひとつの細部、茶油


motoの処方には、セリサイトに加えて、お茶の実から搾られるスキンケアオイル「茶油」も使われている。


茶油は、香りづけのために入っているわけではない。成分表示を賑やかに見せるためでもない。粉体を肌に密着させ、メイク中の肌にうるおいを添えるための油分として働く。


ベースメイクでは見過ごされやすい部分だが、使ったときには差が出る。粉は細かいだけでは足りない。肌の上で浮かず、時間が経っても乾きすぎないこと。そのための小さな調整が、仕上がりの印象を左右する。


設楽町のお茶の実から搾られる設楽茶油
motoの化粧品に使われているのは、東栄町に隣接する設楽町の茶畑で採れたお茶の実から、低温圧搾で搾られた「設楽茶油」。高齢化により放置されていた無農薬の茶畑で、地元の人々が手作業でお茶の実を拾い集め、資源として活用している。貴重なスキンケアオイルであると同時に、地域の循環を支える素材でもある 写真提供:moto



セリサイトに触れるなら、東栄町の「もとの店」へ


次の日本旅行で、少し静かな場所へ足を延ばしたいなら、東栄町を旅程に入れてみるのもいい。


motoの直営店「もとの店」は、2025年12月12日、東栄町にオープンした。


所在地:〒449-0206愛知県北設楽郡東栄町下田字平井42-1datte内


ここは、motoの商品を販売するだけの場所ではない。店内には、東栄町の特産品や、町に暮らす陶芸作家の作品も並ぶ。初めてmotoに触れるなら、急いで色を選ぶよりも、まずセリサイトの粉を指先で触ってみるのがいいかもしれない。なぜ「絹のよう」と言われるのか、その感触で少しわかる。


店舗は不定期営業のため、訪れる前には公式Instagram(@MOTO_SELECT)で営業日を確認したい。


直営店のほか、愛知県名古屋駅の「@cosme NAGOYA」、豊川市の「豊穣屋」、東京都の「A.U.S東京」などの取扱店舗でも、motoの商品に出会うことができる。


moto直営店「もとの店」の店内と取扱商品
「moto」の直営店では、スタッフと話しながら実際に商品を試すことができる。店内には、東栄町の特産品や、町在住の陶芸作家による作品など、地域の魅力が伝わる品々も並んでいる 写真提供:moto


一つのファンデーションの源流へ


motoに惹かれるのは、「天然」であることを大きく掲げているからではない。地域の物語を、きれいに包装して見せるからでもない。


毎朝、顔にのせる粉が、もとは山の一部だった。そのことを、ふと思い出させてくれるからだ。


東栄町の鉱脈。三信鉱工による採掘と精製。naoriの鉱山体験。大岡さんが持っていた、肌への切実な感覚。そうしたものが、ファンデーションやフェイスパウダー、一本のブラシの中に少しずつ収まっている。


朝、粉が肌に触れる。そこに残る細かな光は、愛知県の山あいから来ている。


愛知県東栄町から届けられるmotoのメイクアップイメージ
化粧の素。採掘元。山からの戴き物。愛知県北設楽郡東栄町から届けられる、motoのメイクアップ。 写真提供:moto



参考資料


コメント


常若 TOKOWAKA  
最も古く、最も新しい。
日本のデザインと職人の工芸を、暮らしのそばに。

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